Dr. Kの雑記

気の赴くままに書きます

【教育】指導とか教育とか好き嫌い

最近のツイートで確かにと思うものがあった。

 

 

自分は後者の考え方の教授のもとから前者の考えのボスのもとへ就職した(ポスドクではなく助教だけど)。それでも奴隷のように扱われた。駒、兵隊。研究室は入ってみないとわからない。できない人を救うなんて考えはない。ポイ捨て。なんで、そんなことができるのだろう。最後には絶対自分に返ってくるはず。これまでに潰した人たちの呪いでいいことなんてなくなれ。いい駒がいなくなった瞬間に論文も出せてない。好き嫌いで研究してるからそうなる。

 

 

置いてきてしまった学生たちの安否をひたすらに願う。話してみたらいい子たちばかりだった。ボスから学生の愚痴をずっと聞かされていたので、洗脳されていた。

 

できないことを少しずつできるようにできるように助けるのが上の仕事だと思う。後進を好き嫌いで潰すような人が上に立つのは、間違っている。けど、アカデミアではこんなことが平気で起こる。結果ありきの世界だからしょうがないのだろうか。

 

後進が成長するために質問しやすい環境やそういう態度を上がとってくれないと下は困る。質問に行っても本題が2で学生の愚痴や知らない人の愚痴が8なら質問もしにいきたくなくなるし、関わりたくもない。学生の指導に猿とかいう教授とは教育方針が完全に違っていた。

 

身内がなくって1日で後のことを済ませて、それを最もすごいことのようにいう人とは一緒に働けない。もし、自分がそういう状況になった時に喪にふくす猶予なんて与えてくれないだろう。。

 

 

「アカデミアは人一人が主体となって活動するから、そのひとがいなくなったら大変」という話を聞いたことがあるが、それは教授レベルのことで助教なんて替えはいっぱいいるし、ポスドクとほぼ変わらない。審査の過程が少し複雑になるだけ。

 

これまで最適解を選べるようにしてきたが、一つ間違えるとここまでおちるものなのだろうか。

 

猫に小判、豚に真珠、無職に博士号。。。

 

相手のことを思いやれて信頼できる上司のもとで研究をしたかった。。

 

news.yahoo.co.jp

 

研究者と指導者と教育者。

何が一番必要なのだろう。

もう関係ないけど。

 

 

drksk.hatenablog.com